波乗りに関すること色々。

アル・メリック(シェイパー)について

アルメリック

世界で最も知られているサーフボードブランドといえば、カリフォルニア州サンタバーバラに本社を置くチャネルアイランズサーフボードであろう。

アル・メリックはチャネルアイランドサーフボードの創設者であり、1980年代以降のサーフボード製造業界において大きな影響力をもつ存在の一人である。因みに、ほとんどのサーファーは、チャネルアイランズのサーフボードとは呼ばずに、アル・メリックのサーフボードと呼ぶ。

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チャネルアイランドサーフボード by アル・メリックのはじまり

アル・メリックは1944年にニュージャージー州で生まれ、7歳で家族と北サンディエゴに移り住んだ。14歳でサーフィンを始め、サーフィンの虜になった彼は、高校時代はサーフボードハワイ※1でノーズライダーボード(先端の幅が広いボード)のシェイプを手伝っていた。最初は友人の駐車場でサーフボードを作って、300ドル程で売っていた。

高校卒業後、アル・メリックはPalomar Collegeに入学したが、すぐに、自分が本当にやりたいことは、サーフボードをシェイプすることであると気づき、その後ほとんどの時間をサーフボードのシェイプに費やすようになった。

※1…サーフボードハワイ: サーフボードシェイパーJohn Priceによる1960年代のハワイのサーフボード・ブランド。当時、ハワイとカリフォルニアの両方でサーフボードの製造を行っていた。

ターンによって板を激しく動かすショートボードスタイルが全盛の今となっては、5フィート (約1.5m) 弱の長さのボードも珍しくない。しかし、アル・メリックがシェイプを始めた1960年代のサーフボードの長さは短いものでも8フィート以上、長いものでは17フィート (約5.2 m) もあり、波に乗るスタイルも今のショートボードとはまるで違うものであった。下の動画を見れば、当時のスタイルがどのようなものだったか、お分かりいただけると思う。

1967年あたりに、それまで主流だったロングボードを短くすることで、波の上をより自在にターンしてマニューバーを描くというショートボードへのシフトが始まった。アル・メリックがシェイプしたボードも初期はその長さが8フィートであったが、その後徐々に短くなっていった。

1969年にアル・メリックはチャネルアイランズというブランド名でサーフボードを地元のサーフショップで販売を始めた。今となっては、様々な国のサーファーに広く知られるようになったアル・メリックのサーフボードだが、当初は一部の人を除き、知名度はほとんどなかった。

世界一のサーフボードブランドになるきっかけ

アル・メリックのサーフボードの進化や知名度があがるきっかけとなったのは、才能にあふれたライダー達のサーフィンである。

アル・メリックを進化させたライダーとして、最初に挙げられるの1977年のワールドチャンピオン、ショーン・トムソン(Shaun Tomson)

そして、80年代から3度のワールドチャンピオンを獲得したトム・カレン(Tom Curren)

前人未到の12度目のワールドタイトルへ挑んでいるケリー・スレーター(Kelly Slater)(2017年3月現在)

他にも、ロブ・マチャド、リサ・アンダーソン、テイラー・ノックス、デーン・レイノルズなど、数々の素晴らしいサーファーがアル・メリックのライダーとして活躍してきた。

アル・メリックはインタビューで、ワールドチャンピオン達にボードをシェイプする中でミスはできないというプレッシャー・恐怖が、より熱心にシェイピングすることにつながったと語っている。

その後のアルメリック

アル・メリックは、1992年、1993年、1994年にオーストラリアのサーフィン雑誌によって世界のトップシェイパーに選ばれるなど、サーフボードのシェイパー/デザイナーとして多くの信頼を得てきた。90年代初頭には、従来の手作業によるシェイピングではなく、CNCマシンを使用してサーフボードを製造するようになり、その後徐々にアル・メリック自身がシェイプをする本数は減っていった。

だが、今も限られた本数はアル・メリック本人がシェイプしており、一生サーフボードシェイプは続けるとコメントしている。

 

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